残月18

back  next  top  Novels


「とにかく、バックレてたいうても、女性誌のエッセイで芭蕉を題材にしよ思とったから、軽井沢にふらっと行って芭蕉の句碑訪ねたり、そないな時や、東京で事件が起きた」
 千雪の話によると、男が殺され、凶器のバットは死体の傍に転がり、すぐそばのビルの壁に『名探偵登場! 天誅!』の文字がプリントアウトされた紙が貼られていたという。
「それって、まるで推理小説みたいですね」
「ってか、三流ミステリードラマのコピーや」
 この事件には目撃証言があり、ぼさぼさ髪に黒渕の眼鏡、グレイのスウェットの上下、スニーカーといういでたちの男が、殺人現場から走り去ったというのである。
 さらに二件の殺人事件が立て続けに起きた。
 被害者の一人は世田谷の開業医で、頚動脈を鋭い刃物で切られて出血死、その後約三十分から一時間の間に世田谷西署の所轄刑事がやはり同じように殺された。
 張り紙はなかったものの、今度は大手新聞社関連の人気SNSに「名探偵登場! 天誅!」というタイトルで、暗に事件の犯人であることをほのめかす書き込みがあり、時間や場所など犯人でなければわからない内容になっていた。
 さらに刑事の聞き込みで、やはりぼさぼさ髪に黒渕の眼鏡、冴えないジャージのオヤジ、が目撃されたという。
 サイトは既に閉じられていて、見ることはできなかった。
「気になって東京に戻ったら、刑事が研究室まで押しかけて来よって、渋谷刑事と西岡いうアホなおっさんデカやった」
 イチイチ言葉にとげを感じるのは、それだけ千雪が頭に来ていたからだろう。
「ほんで事件の起きた時の俺のアリバイを聞いてきよって、俺が軽井沢におって原稿書いとったいうても信じようとせえへん。オッサンだけやのうて、渋谷刑事もや」
 未だに思い出すと憤りを覚えるのだろう。
「第一何の根拠があってや思う? ぼさぼさ髪に黒渕の眼鏡、冴えないジャージのオヤジ、が目撃されて、名探偵登場とかアホなキーワードに、警視庁の捜査一課の連中が踊らされよって、初動捜査を間違うて、どないすんね!」
「冷静に考えたら、そういう極端に目立つみたいなコスプレ、誰でもできますよね」
「当り前や。ほんで俺の言うこと信用せんと、ドアホどもが」
 良太はまあまあ、と声高になる千雪を宥めにかかる。
「それで工藤さんがアリバイ証明したってのは、軽井沢で会ったんですか?」
「まあ、そやね」
 あれ、またちょっと間がなかったか?
 良太は思ったが、すぐに千雪が続けた。
「実はあの頃、工藤さんに『花のふる日は』を映画化せんかて、話持ちかけられとって、初めは研究室で逢うたから、工藤さんもあのコスプレイコール俺や思うてはったと思うけど、俺、最初は断っとったんや」
「ああ、わかります。あの人もろヤのつく商売の人ってオーラビシバシですもんね、初対面でニコニコできるわけないっすよね」
 良太は工藤の苦み走った顔を思い浮かべて言った。
「まあなあ。けど、たまたま工藤さん、同じ宮島研究室のOBで、しかも在学中に司法試験受かった三羽烏の一人やて、教授に紹介されたし」
「そうなんですか」
 工藤は教授には覚えめでたかったらしい。

 


back  next  top  Novels

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村
いつもありがとうございます