残月28

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 竹野ならここでクソミソに毒舌を吐いてくださるだろうな、などと、あれだけ気をもんだドラマ『田園』だが、良太には今むしろ懐かしくさえあった。
 確かに竹野は自分の要求をはっきり口にするので我儘と言われるし、下手な役者にはっきりボロクソに言うしだが、それも彼女のキャリアに裏打ちされたものでもあり、ただきついだけ、というやつだった。
 ところが今回の撮り直しは、誰もが二村の振る舞いのせいだとはわかっていても、なかなか口にできない。
「二村さん、次はちょっと奈々ちゃんの後ろにいなさいね」
 監督はさすがにきちんと口にするのだが、それに対する二村の反応は、呆気にとられるものだった。
「ええ? だって今度はちゃんと科白言ったのに」
 口を尖らせている二村をマネージャーがまあまあととりなしている有様だ。
 ちょうど昼休みから数時間が経っていたので、良太はこれ幸いと「じゃあ、そろそろお茶にしましょうか」と声をかけた。
 ついさっき、研二に聞いた祇園にある評判のパティスリーから注文していたケーキが届いたばかりだった。
 誰にも行き渡るように百個ちょっとはあるはずだ。
 スタッフの手を借りて、良太はケーキとコーヒーをみんなに配って歩く。
 いくつかのシーンに登場するのだが、ほんの数秒の出番のために、一人寡黙にじっと待っている牧のところへも、良太はお茶とケーキを持って行った。
「お疲れさまです。どれでもお好きなのをどうぞ」
 甘いものが苦手だと最初からわかっている人には、ちゃんと手焼きせんべいなども別に用意してある。
 牧は躊躇なくチーズケーキを取ったので、お茶を渡して、良太は数名のスタッフが固まっているところへ足を向けた。
 その時、牧の向かいあたりに二村が椅子に座っているのが見えた。
 マネージャーが彼女用のお茶を準備している。
「ねえ、すみません、私、これ好きじゃないからそのケーキと取り替えてくれない?」
 えっと良太が振り向くと、二村が牧の前に立っているのが見えた。
「いや、俺もうかじっちゃったし」
 牧が言うと、二村はまた口を尖らせて良太の方を見た。
「ねえ、良太、これ、取り換えて」
 割と大きな声だったので、周りのスタッフも二村の方を見た。
 おいおい、ついに良太呼ばわりかよ。
 良太は心の中で呆れたが、「はい、じゃあ、この中からどうぞお好きなのを」とスタッフにほとんど渡したあと、三個ほどしかない箱を持って歩み寄ろうとした。
 二村も足早に良太の方へ歩こうとして、石畳につま先が突っかかり、二村は見事に転んでしまった。
「大丈夫ですか? 二村さん」
 良太は慌てて駆け寄った。
「やだ、その人、足を出して私のこと転ばせた!」
 一瞬、何のことかと良太は二村の言っている意味を理解しかねた。
「良太、ひどいわ、あの人、何とかしてよ!」
 名指しされて指を刺されたのは牧だ。
 牧の方も何を言われているのかさっぱりわからないという顔で良太を見た。
 保育園にこんな意地悪女、いたな。
 良太の頭は冷静で、この人、この先やっていけるのかな、という考えが掠めた。
 


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