「へえ、浩輔ちゃん、お茶、ほんまにやんの?」
のんびりした声で浩輔に尋ねたのは、その師匠の息子であり、一門からは若先生と呼ばれている、佐々木だった。
「ほんとにこんなに大変だとは………」
浩輔も門下の一員として着物と袴を着用しているし、普段着慣れない着物での動きに加え、道具の持ち運びなど、気を遣うものばかりで溜息も出るというものだ。
直子は今年も『大和屋』の重役にある綾小路小夜子が選んでくれた可愛さを残しつつも品のある訪問着を着用している。
お茶を始めて二年になる直子は、着物での動きも様になっており、上達も早く師匠の淑子や先輩弟子からも既に頼りにされている。
「先生は上達し始めると途端に厳しくなるのよ」
直子の言葉通り、茶席では隙もなくお茶を点てている佐々木が水屋の奥では淑子に細部への注意をされているのを浩輔は垣間見た。
「おかん、鬼婆やから、何か言われてもハイハイて左から右へ聞き流しとき。でないととてもやってられへんで」
佐々木からはそんなことをこそっと言われたが。
しかしクリエイターとしても鬼才、茶の湯でも極めようとしている佐々木を、浩輔は改めて尊敬の眼差しで見つめていた。
広瀬良太が茶の湯の待合に姿を見せたのは昼に近い時間だった。
「おう、良太」
上機嫌で声をかけたのは、沢村智弘、野球ファンなら誰でも知っている、いや今ではファンならずともスポーツウエアブランド『アディノ』のCMで知っているだろう関西タイガースの四番打者だ。
その人気スラッガーが、しかも新調したスーツなんぞに身を包んで何故こんな場所にいるかということについては、近しいものならその理由をよく知っているのだが。
「何だよ、馬子にも衣裳か?」
「うるさいな、お前こそめかし込んで」
軽く睨む良太は、滅多に着ないブランド物のオーダースーツなどを着込んでいるのだが、それこそ有名ブランドの三つ揃えのダブルスーツは、沢村の体格からしてオーダーでしかありえない上等のものだ。
二人とも正月ということでダークな色合いのものを選んでいる。
「ああ、お茶席って長いよな。俺、足が痺れるんだよな」
良太がこれから入る茶席の心配をすると、沢村がフンと鼻で笑った。
「俺なんか、師匠に稽古までつけてもらったからな」
自慢げに言う沢村を良太は「ほんとかよ」と訝し気に見上げた。
「年末に佐々木家の大掃除の後」
へえ、と良太は適当に相槌を打つ。
「ついでに佐々木さんとの付き合いを申し込んだ」
へえ、と適当に良太は口にした後で、「はあ?」と思わず声を上げた。
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