春立つ風に103

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 しょうがないよな。
 俺と何も約束しているわけでもないし。
 そこはやはり、千雪と京助や佐々木と沢村たちとは違うのだ。
 良太は心の中でブツブツと並べ立てた。
 工藤が女とよろしくやろうが、俺に口出しする権利なんかない。
 いくら忙しいっつっても、作ろうと思えば女と会う時間くらい作れるんだからな。
 だから工藤も俺に何か約束なんかしないわけだ。
 ま、約束ったって、どんなんだよって言われたら、俺にだってわかんないし?
 目を閉じようが開けていようが見てしまったものは消えるわけがない。
 頭の中にしっかり工藤が女と抱き合っているシーンがインプットされていて、さっきから何度も再生されている。
「良太、何かあった?」
 千雪が振り返った。
「え、いえ、ちょっと疲れたかもって………」
 これだから千雪は侮れない。
 人の表情で違和感を感じ取るんだ、この人。
「寝ててええで」
「はい」
 再び目を閉じると、良太は何となく目頭が熱くなり泣きたくなってしまった。

 
 

 スタジオに行く前に、良太は神楽坂にある肉まん有名店に寄ると、差し入れ用に大量に購入した肉まんが入った袋を両手に提げて車のロックを解除した。
 午後二時には世田谷にあるスタジオの駐車場に車を滑り込ませると、良太はいくつもの紙袋を両手に『今ひとたびの』の撮影が行われているスタジオに顔を出した。
 ちょうど秋山と目が合うと、良太は軽く頭を下げる。
 今日は、事件が起きたところへ、警部役のアスカが登場するシーンの撮影があった。
 やがて監督のカット、の声がかかり、休憩に入るとアスカと竹野が良太を見つけて駆け寄ってきた。
「あ、竹野さん、今回ムリ言ったのに、快諾していただいてありがとうございました」
 良太は竹野に早速礼を言った。
「だって、あたしがドラマ出してもらってるんだし、小林先生のご要望とあればきっちりやらせていただくわよ」
「え、なあに? 小林先生のご要望って」
 すかさずアスカが怪訝な顔で割り込んできた。
 千雪の一番のファンを自認するアスカとしては、聞き捨てならないというところだろう。
「ああ、実は……」
 千雪が雪の貴船神社でのシーンを要望しているので、監督や竹野の了承を得て、近日中に京都でロケを行うのだと、良太は簡単に説明した。
「ええ? そこに石渡警部は出てこないの?」
「ああ、犯人と記者役の竹野さんだけのシーンなので」
「え、じゃあ、良太もまた京都行くわけか? いいけどさ」
 アスカは訳知り顔で言った。
「ああ、俺が行けるかどうかちょっとわかりません」
「え? 何でよ?」
 アスカは怪訝な顔を向ける。
「仕事が山積みなので………」
 良太は煮え切らない返事を返す。

 


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