春立つ風に104

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 アスカはしばしじっと良太を見つめ、「何があったの?」と聞く。
「え? 別に何もありませんよ」
 これだから、やっぱりアスカも侮れない。
 今朝、辻に車を出してもらい、千雪とともに貴船神社へ向かい、『大いなる旅人』のロケ現場まで足を運ぶと、良太は昨夜渡すはずだったリストを工藤に渡し、すぐに京都駅に直行した。
 妙に事務的な良太の態度に、千雪は疑わしい目つきを向けたが、良太は辻に京都駅まで送ってもらうと、「あとのこと、よろしくおねがいします」と頭を下げて新幹線に乗った。
 何となく工藤の顔をまともに見られなかった。
 何せ、昨夜は、風呂をもらった後、辻と千雪と三人でビールを飲みながら、今後の予定を少し話した後、辻と千雪は同級生の話やこの界隈の話になり、良太もしばらく笑っていたが、いざ布団に入ると、目を閉じてもなかなか寝付けなかった。
 和室に辻と並んで布団を敷いてもらったのだが、辻はすぐに眠ってしまったようだ。
 工藤はあの女性とあの後どうしたんだろうとか、考えないようにしようと思っても、すぐに車の横であの女性と工藤が抱き合っているシーンが蘇る。
 ようやく良太が眠ったのは明け方だった。
 お陰で新幹線の中で知らないうちにうつらうつらしていた良太は、東京、というアナウンスにハッと飛び起きた。
 やっと少し和んだのは、部屋で待っていた猫たちに歓迎された時だった。
「お疲れのようだね」
 秋山に声を掛けられて、良太は顔を上げた。
「まあ、ちょっととんぼ返りっぽかったし」
「向こうは順調だった?」
「ええ。でもほら、みんな、こだわりの人たちだから、納得できるまでみたいなとこもあるし」
「嫌でも力入るよな。でもほら、秋口に女優の卵だっけ? 美聖堂の斎藤さん推しの、はっきり言ってあの子を除外したのは、良太ちゃんナイスだったよ」
 ビシッと言い切った秋山を良太は見つめた。
「ああいった汚染分子をほっとくと、そこから綻びて、築き上げたものが崩れてしまうことってあるからね。工藤さんの大事なプロジェクトだから、もう何者も邪魔をさせたくないよね」
 いつもよりきつい言葉を秋山はサラリと並べた。
「もちろんです」
 良太は深く頷いた。
 秋山にとっても、『大いなる旅人』は絶対成功させたい大きなプロジェクトなのだと、良太は改めて思う。
 誰にも邪魔はさせたくない。
 特に組関係とか言語道断だ。
 千雪や辻が動いてくれているのだ、ただ、何もなければそれにこしたことはないのだが。

 


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