月澄む空に88

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「海外ロケとか、撮影は絶好調だったんだけどねえ。とにかくオーバーした分をどうやってやりくりしていくか、工藤さんに相談しないことには」
「そうなんですか。大変ですね」
 交換した名刺に目を落としながら、何だか適当な言葉しか出てこない。
 この人をライバル視したところで何の意味もないことはわかってるけど、やっぱなあ。
 俺がそんなことを工藤に相談したいとか言ったって、そんなものは自分の頭で考えろ、とか言うに決まってる。
 でもきれいな後輩プロデューサーの相談ならOK、なわけだ。
 今撮影してるドラマって、警察組織を舞台にした硬派な社会派ドラマで、前作も好評でシリーズ化されてるっていうやつだよな。
 比べるべくもないし、小林千雪原作のドラマは人気があるが、情感溢れる空気感はリアルでハードな緊張感とは真逆な位置にある。
 制作に携わる人々の姿勢は変わらないのに、俺ってば何考えてんだろ。
「すみません、ほんとに、すっかりお邪魔してしまって。また、工藤さんつかまえて時間取ってもらいます」
 グタグタ考えていた良太は、そう言って立ち上がった君塚を見て慌てて自分も立ち上がる。
「いや、こちらこそ、せっかく来ていただいたのに申し訳ありません」
 良太はドアの近くで君塚を見送った。
 と、ドアを開けかけた君塚がふと立ち止まり、「あの、広瀬さん」と振り返った。
「はい」
「工藤さんって………」
 言いかけた言葉を飲み込んで、「いえ、何でもありません。じゃ、失礼します」と君塚は風が勢いよく吹きすさぶ中オフィスを出て階段を下りていく。
 工藤さんって、彼女いるんですか? だよな、おそらく。
 薬指に指輪もなかったし、独身の有能なきれい可愛いプロデューサー、か。
 工藤つかまえて時間取ってもらえるんだ。
 ってか、何か俺、無性にダメダメモード突入。
 自分のデスクに戻って書類作成の続きをやろうとしたが、ミスタッチばかりでキーボードがてんで進まない。
「ただいま帰りましたあ!」
 そこへびゅうと強い風と共に森村の元気な声が入ってきた。
「鎌倉堂の幕の内弁当ゲットしましたあ!」
「お、やったじゃん! ちょうどお腹すいたと思ってたんだ」
 良太は森村の勢いに乗っかるように進まない書類作成を放棄した。
「もうお昼にしましょうか」
 壁の時計は十一時五十分を刺していたが、鈴木さんも潔く立ち上がるとキッチンに向かった。
 老舗の鎌倉堂の幕の内弁当は先頃テレビで紹介されて以来、ゲットするのに店舗の前に朝一で並ぶ人もいるという。
 森村はデパートに入っている鎌倉堂に十時過ぎからいかに苦労して並んだかをひとしきり語ってから、弁当に取り掛かった。
 

 


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